2017年12月に閉鎖される梅北地下道(北梅田・佐藤町地下道)に行ってきました

2017/10/23

大阪駅周辺と新梅田シティ・梅田スカイビルとを結んでいた「梅北地下道」が、約100年あまりの歴史に終わりを告げようとしています。朝4時の人が少ない時間に行ってきました。

 

 大阪駅北側の再開発エリア「うめきた2期地区」の地下を横切り、グランフロント大阪とインバウンド(訪日外国人)に人気の梅田スカイビルを結ぶ地下歩道「梅北地下道」が姿を消す。1928年完成の地下道は地下化されるJR東海道線支線と地下で交差するため、まず全長205メートルのうち東側の165メートルを12月に閉鎖。2024年ごろには残りも閉鎖され、1世紀近い歴史に幕を閉じる。

うめきた地区の基盤整備を担当する都市再生機構(UR)は地下歩道の代わりに地上歩道を設け、西側に40メートル残る地下歩道と結ぶ。

引用元:日本経済新聞「https://www.nikkei.com/article/DGXLASJB21H4R_R20C17A9LKA000/

 

 

 

西側から

まずは西側(梅田スカイビル側)から梅北地下道へ進みます

奥に光っているビルがグランフロントです

 

梅北地下道の入り口。大阪市の紋章である「みおつくし」が3つ並べられています。

 

 

 

205mもの長いトンネル

現在の梅北地下道は、1991年に新梅田シティの開業にともなって全面リニューアルされたもの。かつては自動車の乗り入れも出来たようですが、リニューアルを機に歩行者専用道路となっています。

途中工事の養生が見えますが、この部分に新たに設けられる地上からの歩道が接続します。それと同時に、奥側(東側)の165mが2017年の12月で姿を消す事になります。

 

東側より

続いて、東側(グランフロント寄り)から見てみましょう。東側の入口には折り返し式の長いスロープが設けられています。

外側から。

東側の入口には、このような石碑が掲げられていました。当時、この地下道建設へ向けて陳情に動いた方々の名前が刻まれています。

梅田貨物駅ができる際、子供の通学路を確保する目的で陳情され、完成に至ったということだそうです。

この地下道が出来たのは1928年(昭和3年)のこと。御堂筋線(1933年開通)よりも古いのですね…。

 

先程の工事の養生部分が奥に見えます。手前の長い165m部分が閉鎖されることになります。

 

さようなら…

 

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